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keyと名乗っております。非日常に憧れた美大生の日常をご覧あれ!


by hawkey
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「うーん」

指導員はうなった。
「微妙、という感じかな」
私は指導員の目から逃げるようにしてへらへらと笑った。
 
「まず、メリハリがない」
さっきまで必要最低限の言葉しか発さなかった指導員が一気にしゃべりあげる。

「交差点や信号ごとに慎重に減速するのは良いけどその後の加速ができてない。加速不良は減点対象だよ」
「はい」
「それからさっきのトラック。路側帯内に停車していたから大丈夫だと思ったかもしれないけど、追い越しだよ。走行できるか、ではなく安全な間隔があるか、で判断するべきだったね」
「はい」
「他に何か質問は?」
ボーっと指導員の鼻の穴を眺めていた私は慌てて答えた。
「あ、はい。追い越しできるかできないか微妙な時ってどうすればいいですか?」
「誰が見ても100%いけるという状況でない限り、あなたの判断次第です。中途半端なのが一番いけない」
「はい。わかりました」
「それじゃあ、出発しようか。とにかく速度にメリハリをつけてね」
「はい」
 
私は短くため息を吐いた。
こういった癖や改善点を指摘された時―いくら相手の物腰がやわらかでも―この後、事が良い方向に進んでいくなどという事は今までの経験からしてもない。
(動揺しちゃ駄目だ)
私はせめて冷静であろうと努めて、右ウィンカーを出した。
 
「速度、出過ぎてるよ」
「歩行者が居たら減速。今のは試験なら不合格だね」
「30キロ制限道路だよ」
私は必死にはい、はいと呟いた。
誰が見ても明らかである、私は完璧に混乱していた。
まるでビリヤードの玉のように、片側から意識が入ると反対側からすでにあったはずの意識がすこーんと抜け落ちて行くのをイメージした。
指導員は雰囲気を和らげようとしたのか、少し笑いを含めながら言った
「注意した事を守ってくれるのは嬉しいけど、もう少し他の事も考えられるといいね」
私はせめてはっきりと返事をしようと思ったが、口から出た「はい」という言葉はあまりにも弱々しく、握りしめた車のハンドルにさえあたらず膝のあたりに落ちた。
私はますます惨めな気持ちになった。
 
教習所に入ってからの指導員はとても優しく、私の手にベッタリとついた絵の具を見て「絵でも描いてるの?」と雑談をしてくれたりもした。
救われた気持ちでビリヤードみたいな私の脳みその構造の話をしたら笑って聞いてくれた。
「ありがとうございました」
とにこにこ笑いながら言って別れた後にまた私はため息をついた。
あぁ、私はこれから一体何度同じ過ちを繰り返し、そのたびに救われ、大人になって行くのだろう。
あせる気持ちとうらはらに時間がものすごく遅く流れて見えた。
by hawkey | 2011-02-23 13:39 | 考えごと